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雷門獅篭 (落語)
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平成6年立川談志に入門。平成16年、雷門小福門下へ移籍。大須演芸場では、古典から新作落語まで年間300席の高座をかけながらも、より多くの活躍の場を求めてオリジナルユニット・『東海地方に演芸を拡め隊』=海演隊を結成し、リーダーとして活動中。最近は、「名古屋心中」「歓びの大須」など地元題材とした新作落語がウケている。今年が落語家20周年、世界で一人の漫画もかける落語家である。

雷門獅篭 (落語)

たなかつとむ
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6歳で和太鼓を叩き初舞台、その後ドラマーとしてバンド活動を開始、ギターも 手にして作曲活動を始め、様々なコンテストで優勝。黒人ミュージシャンのローディーを経て、19歳の時「津軽三味線」に出会う。 高橋流、高橋祐次郎門下となり、入門3年半の23歳、最短主席で高橋流皆伝名 取「高橋喜市郎」を襲名した。 「民謡」に自分の音楽のルーツを見出し、民謡を独自の解釈でパフォーマンスする集団「民族楽団チャンチキ」を主宰、全国の民謡をアレンジし、それぞれが新しく地域に根付いていった。そして三味線、尺八、その「和の音色」にフォーカスしたインストウルメンタルユニット「佃中三八」を主宰、ギター、ドラム、パーカッション、ベースを自ら演奏し、マルチプレイヤーとしても固有のサウンドをリリース、ドイツで行われたワールドミュージックフェスへ招かれた。プレイヤーとしてだけではなく、作曲、作詞、編曲また演出も手掛けるプロデューサーとしても活動、2007年からはタレント活動も開始、三重テレビ初の全国放送の番組「ええじゃないか。」では弥次喜多の喜多八役として東海道を行脚、主題歌も担当、NHK中部「さらさらサラダ」でも、三味線と音楽を通して人と街とのふれあいを描く。 名古屋の夏を彩る「にっぽんど真中祭り」のテーマソング「総踊り曲」を手がけ芸どころ名古屋に伝わる民謡「ストトコ節」をポップにアレンジ、1万人で踊りギネスへ登録された。

たなかつとむ

西川千雅 (日本舞踊)
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日本舞踊家。名古屋に170年以上歴史を持つ西川流の次期家元。1969年三世家元・西川右近の長男として名古屋に生まれ、6歳で初舞台、15歳で名取。毎年9月「名古屋をどり」等で幅広く活動。92年NYの美大を卒業、古典の他、パフォーマンスをNY、名古屋能楽堂で行う。2000年ハノーバー万博、2005年愛・地球博開会式出演。2010年名古屋開府400年式典、ミュージカル、歌舞伎、ドラマに出演。2010「名古屋御前能」2012伊勢神宮奉納舞踊2013ミッテミリアオープニング、11月あいちトリエンナーレ「光の記憶」。東海学園大学、愛知大学、愛知淑徳大学非常勤講師。

日本舞踊は、能をはじめとする先行芸能を受け継ぎながら、新しい技法を加えて洗練を重ねて築かれた日本のダンス。名古屋を拠点とする日本舞踊・西川流は、五大流派の一つ。日舞界でも初期に誕生し、300年を超える歴史を持ちます。「創造なくして伝承なし。伝承なくして創造なし」という流派の言葉があるように、芝居に舞踊を組み込んだ「名古屋をどり」を開催するなど、常に新しい挑戦を続けています。

当日は、Ettの音楽にのせて西川千雅氏が舞を披露。また、着物姿から、化粧~着替えと、華麗な出で立ちの獅子の姿に変身していくライブも。裏舞台の様子をパフォーマンスとしてお楽しみいただけます。どんなショーになるかは見てのお楽しみ。

西川千雅 (日本舞踊)

野村又三郎
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能楽師狂言方、公益社団法人能楽協会正会員、和泉流野村派十四世当主。故十三世・野村又三郎信廣の嫡男。国立東京藝術大学卒業。初舞台4歳、20歳で独立、平成8年四世・野村小三郎を名跡継承し狂言の指導・普及を実施。師父の逝去に伴い、同20年「狂言やるまい会」の主宰を継承。同23年野村又三郎を襲名。皇太子殿下の【御成婚奉祝能】や皇后陛下主催の【御前演奏】、NHK【中学生日記】や映画【ラストサムライ】の劇中劇、【愛知万博】の開会式等に出演。上演が途絶えていた古典狂言の復曲上演や新作狂言を発表する他、異分野への出演や他分野との共演も多数。名古屋青年会議所TARG賞、松尾芸能賞新人賞、芸術創造賞、名古屋市民芸術祭賞、名古屋市芸術奨励賞、愛知県芸術文化選奨文化賞等を受賞。子に信朗。著書に「我、狂言たれ」(風媒社)。

狂言とは、今でいう「コント」のようなもので、日常の出来事をモチーフにユーモアを効かせた、室町時代に成立した日本で一番古い芸能である「能楽」の内の「喜劇」のことです。道具をほとんど使わずに、言葉や仕草ですべてを表現。独特の演出方が多く、舞台上で三角を描くように歩くと舞台転換になり、「ハワイに着いた」と言えば、そこはもうハワイ。想像力を働かせて見てみると、より面白く感じられるでしょう。江戸時代では、武士の教養として定着したとも言われています。この時代、優れた功績を上げた者には、茶道具を褒美として与えていたというほど、お茶の文化が武士道の中でとても大切にされました。このような時代背景もあり、狂言にはお茶の文化がより強く反映された作品が数多く残っています。狂言は元々神社仏閣の境内の舞台で行われていました。なので、今回のイベントは、狂言「らしさ」を感じるのにはぴったりなシチュエーションなのです。

当日の演目は「清水(しみず)」。登場人物は二人で、主と、召使いである太郎冠者。主は、当時流行していたお茶会を開こうと考え、名水として知られる「野中の清水」を太郎冠者に運んでくるように命じます。水が湧いている場所に行くだけでも相当な距離があるため、歩くだけでも大変なのに、そこに重労働である水運びまでも…。そこで、サボり癖のある太郎冠者は一計を案じました。その後は当日のお楽しみ。主と太郎冠者との主従の駆け引きをご期待ください。

シテ/太郎冠者:野村又三郎
アド/主:藤波徹
後見:野村信朗

野村又三郎

享保の象
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今から280年ほど前の江戸時代中期のお話です。ベトナムから長崎港にはるばるやってきたのは、2頭の象。時の将軍、徳川吉宗が呼び寄せたというこの象のうちの1頭は、1400キロ先の江戸に歩いて向かいます。象が日本にやってきたのは約100年ぶりのことで、沿道の人々を喜ばせました。享保の時代にやってきたので、後に「享保の象」と呼ばれるようになりました。
途中、名古屋にやってきたのは、長崎を出発して約2ヶ月後のこと。今も名を残す本町通を歩いたそうです。
そんな享保の象。実は現代でも見られるんです。といっても、本物ではありませんが…迫力満点。当日は、本町通を中心に、大須を練り歩きます。

享保の象

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名古屋でお茶盛り

尾張の時代、「茶の湯」は織田家を中心として行われ、江戸時代後期には名古屋や尾張・三河で大流行したと言われています。抹茶の一大産地・西尾市や、名古屋に和菓子店が多いことなど、その息づきを感じます。当日は大須の春日神社ほか様々な場所でお稽古を行う表千家・柴田紹和さんを迎えた野外お茶席が登場。表千家は千利休、直系の流派。名古屋は表千家で代々続く茶家・吉田家があり、現代も茶道と深い関わりがあります。今回体験できる大茶盛は、鎌倉時代に西大寺に伝承された伝統茶儀。顔がすっぽり隠れてしまうほどの大茶碗をまわりの人に支えてもらい口に運ぶ。見た目にも面白い、和気あいあいとした茶席です。

名古屋でお茶盛り

●参加人数 : 各席15人まで

  ※大茶盛は各席5人まで参加可能です。飲み回してお楽しみください。

  ※通常の茶碗で楽しめるお茶もご用意しています。

●体験参加料 : 1人500円(お茶菓子付き)

  ※料金は会場でお支払いください。

●開催時間(全5席)とご参加方法 : 事前申込優先

  ※当日のお申込みもできます。

  ※事前申込の締め切りは3月13日(木)10時まで

① 12:30_大茶盛 名古屋でお茶盛り
② 12:30_通常のお茶 名古屋でお茶盛り
 
③ 13:00_大茶盛 名古屋でお茶盛り
④ 13:00_通常のお茶 名古屋でお茶盛り
 
⑤ 13:30_大茶盛 名古屋でお茶盛り
⑥ 13:30_通常のお茶 名古屋でお茶盛り
 
⑦ 14:00_大茶盛 名古屋でお茶盛り
⑧ 14:00_通常のお茶 名古屋でお茶盛り
 
⑨ 14:30_大茶盛 名古屋でお茶盛り
⑩ 14:30_通常のお茶 名古屋でお茶盛り

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